2012年01月20日

家族

ブルキナの「家族」は大きい。

自分の子ども以外にも、兄弟姉妹の子どもや、親戚の子どもを育てたり。
日本のように、「父母子ども」だけではない「家族」

自分の生んだ子どもではなくても、自分の子どものように面倒を見る。
自分の子どものように育てる。

ブルキナでは当たり前の光景。

食い扶持が増えるからとか、教育費がかかるとか、
そんな文句も言わず、自分の子どもと同じように育てる。

自分の家に、いとこが一緒に暮らしている。
そんなところだろうか…。

日本のように、法律の制度がしっかり整っていないから、
子どもの親権も自由に行き来しやすいのかもしれない。
でも、そんな寛大な心を持つブルキナベ。
素敵だな、と思う。

だから、私も、そんなに料理はしないけど、
料理をしたときは、近所の子どもと一緒に食べたり、おすそ分けしたり、
大きな家族の仲間入り。

IMGP0798.jpg

確かにお金も少しかかる。でも、少しのお金で笑顔になれる人が増えるなら、
それは嬉しい支出になる。そう思えるようになった。

P1121204.jpg

「ナナノ〜、ナナノの足、すべすべー」
と、私の足をぺたぺた触ってくる私の小さな妹。
口うるさいけど、たくさん面倒を見てくれる姉。

P1141218.jpg

村の至る所に家族がいる。
そして、村のみんなに守られ、育てられている。
大きな家族の一員。

スーパーで買い物して、綺麗な洋服を買って、お洒落な靴を買って、大好きなお酒を飲んで、
そんなお金の使い方もあるけれど、

「1万円で25人の子どもが小学校へ1年間通える」

そういうお金の使い方もあるんだな、と思うようになった。

日本だったら、ちょっとバイトしただけでも稼げる金額。
お金を送るちょっとの手間だけで、25人の子どもが学校に通えるようになるのなら、
私はその1万円を、子どもの笑顔のために使いたい。

学校に行くのを楽しみにしていたのに、学校に行けなかった隣の子ども。
一生懸命、おはじきを使いながらうちで計算の練習をする、学校に行っていない男の子。
頑張って書いた、ちょっと曲がった「N」を嬉しそうに見せてくれる、隣のうちの子。

学校には行けないけど、勉強する楽しさや、学ぶ喜びを少しでも分かってほしい。
そして出来ることなら、一人でも多くの子どもに学校に通ってほしい。

ちょっとしたお金の使い道で、何人かの未来を変えることができるかもしれない。

お金は天下の周り物。

ただそのちょっとした使い道だけで、世界が少し、変わるかもしれない。

posted by trekko-ayano at 06:11| Comment(2) | La vie a Bereba | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
いつもすっからかんになるまで使うから心配してました。また働こう!
Posted by えみちゃん at 2012年01月21日 10:40
お久しぶり!元気そうでなにより。
自分の子供の頃は、道を歩かず、他の家の屋内から庭先を横断したり、平気で隣の家で夕ご飯ごちそうになってて親が迎えに来たりしてたね。
昔の日本も、今のブルキナに似てたね。
いつの間にか、宅地にも心にも垣根ができて、行き来ができなくなった。
でも子供は、みんなの宝なんだね。
Posted by PINABE at 2012年01月24日 22:00
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。