2012年02月25日

育ってきた環境

育ってきた環境が違うから〜♪

そんな歌を聴いて、思い出した幼き頃。
黒柳徹子さんの「小さなころ考えていたこと」を呼んで思い出した小さな頃。

IMGP0999.jpg

といっても、私の小さいときの記憶はあまり残っていない。
記憶の容量が少ないのかもしれないけど、
特にいやな記憶に囲まれていた記憶もないけど、
あまり覚えていない。。

ただ、私が小学生だったこと、大好きだったこと。
それは「大人の飲み会についていく事」

毎年、運動会のあとに行われる、恒例の打ち上げ。
いつも真面目そうな先生たちが、赤い顔で楽しそうに親と話をしているのを見ることや、
遅くまで遊んでいても怒られないことやら、
大人たちが楽しそうに話しているのを見ているのが、
何だか好きだった。

小さな頃、人の家でごはんをご馳走になるのが好きだったこと。
友だちと遊んでいる間に、いい匂いがしてくる。
「ごはん、食べていく?」って言われることが好きだった。

私が育ったのは、南総と呼ばれる片田舎。

「会った人には挨拶するように」と学校で教わって、
通学路ですれ違う、知らないおばさんにも挨拶するような、そんな田舎。

大学生になって、教育実習のために実家に戻ったときも、
大したものを食べていないのでは・・・と心配したご近所さんに夕食をご馳走してもらったり、
一緒に教育実習をしていた同期が、
夜ご飯を持ってきてくれたり、そんな田舎。

自分の両親だけでなく、いろんな人に育ててもらった。
今思い返すと、そう思う。

大人が飲み会をしている間は、大きな子どもが小さな子どもの面倒をみたりするのも、
当たり前の光景だったように思う。


ベレバに来て、最初のころは
「何でちっとも顔を出してくれないのよ?」
と怒られたり、
仕事のあとに顔を出すのが億劫でほっておいたら、
心配して電話がかかってきたり。。

人との距離感が掴めなくて、戸惑ったり、
えーっと思うことも少なくなかったけど、


私が心がけていたことは、ただ3つ。

「いつも笑顔」
「人を好きになる」
「人の悪口は言わない」

小さな頃からの経験で、

「私の好きな人は、私のことも好き」(ってただの自信過剰?!)なものだと、
そう思っていた。

どんなに辛いときでも、
笑顔でいれば、いつの間にか元気になる。

人とは違うところがあって当たり前。
違うからって、悪口を言ったところで解決することは何一つない。

そんな簡単な3つのことだけ。
小学生みたい・・・

でも、そうやって人と接する中で、
外国人だった私と、村人との距離も近づいた。
村のみんなが私の家族のように思える。

小さい頃、たくさんの大人に育てられた、そんな経験が、
きっと今にも生きているんだろう。

人との距離が近いことにも、
あまり抵抗なく、馴染めたんだと思う。

一人で居る時間が必要なときもある。
ゆっくり本を読んでのんびりしたいときもある。

でも、そんなこと、日本に帰ったら、
あと何十年もできること。
今しか出来ないことをやることの方が、
私は何倍も価値のあることだと思う。

確かに、「〜頂戴よ」って言われたり、
お金をせびられたり、
嫌だなって思うこともあるけれど、

嫌なことも、適当に冗談で面白おかしく返せば、
それだけで嫌なことじゃなくなる。

ちょっと機転を帰るだけで、マイナスな気持ちからプラスの気持ちに変わる。

人と人との距離が遠くなりつつある、日本。
やっぱり、慣れない、人と人との距離感をつかむのには
時間がかかるのかもしれない。

ただ、一歩近づく、少しの勇気があれば、
それだけで、目に見える世界が、
大きく変わる。

そう思った。

今日、村議員の定例会議があって、参加した。
11時前から15時過ぎまで。
お昼も食べずに、昼寝もせずに・・・

待って待って、定例会議の最後に、市長から少しの時間をもらって、
井戸管理組合の立ち上げの話をした。


衛生的な水をみんながきちんと使うために、
衛生の啓発活動がしたい。
大人はちょっとくらい汚い水を飲んでも平気だけど、
子どもを病気から守るために。

現地語がぺらぺらに話せる訳ではないから、手伝ってほしい。
自分たちで発展する、そのために必要なことだから。
私のできることは、あと4ヶ月で全部やりたいから、
協力してください。お願いします。


そう話した。
人前で話すのは、やっぱり緊張する。
80人近くいる人たちの前で、つたないフランス語で、ちゃんと言いたいことが伝わるか、
本当に心配だった。

その瞬間、
暖かな、そして大きな拍手私を包んだ。

「大事なことだからね、協力するよ」

と言ってくれた村議員たち。
緊張から解かれたのと、嬉しい気持ちが混ざって、
ドキドキする心臓とともに、目頭が少しだけ、

熱くなった。

「プライベート」と呼ばれるものを投げ打って、
今まで築いてきた人との関係。

職場も、年齢も、性別も、
全く違う人たちが、一緒に動こうとしている。
小さなアフリカの村の発展に向けて。

うまくいくかはわからない。
村人たちの頑張り次第だろう。
でも、今このタイミングなら、村人と一緒に頑張れる。

そう思った瞬間だった。

土を耕して、肥料をまいて、種を蒔き、豊作を祈る。。
そうして丹精こめて耕した畑から、
小さな小さな芽が出た瞬間。

後ろ髪のない女神が私の前を走り去る前に。
今、女神の手をとろう。

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posted by trekko-ayano at 08:40| Comment(2) | La vie a Bereba | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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