2012年01月16日

小さな私

山済みの仕事をほったらかして平気でいる同僚に頭にきて、

「もううんざり」

と市役所を飛び出した金曜日。
自分がやっていることって、何なんだろう。
「現状を変えるんだ」と言っていた同僚の言葉は何だったんだろう。

いろんなことが、頭の中を巡った。

悔しくて、情けなくて、悲しくて、
半べそをかきながら自転車をこいだ。

そんな私にすれ違う人も、道端に居る人も、
みんなが「あやの〜」と声をかけてくれる。

家に帰れば、子どもたちがちょろちょろ甘えにやってくる。

ベレバには、たくさんのママがいて、たくさんのおばちゃんがいて、たくさんの兄弟姉妹がいる。
どんなに悲しくても、辛くても、たくさんの人が私を支えてくれる。

甘いんだろうけど、甘えてるんだろうけど、
いろんな人の優しさに、温かさに、ついつい甘えてしまう。

仕事も、頼まれごとも、全部ほっぽりだして、
のんびりした週末。

遊びに来ていた同僚のママに教わったレシピで作ったココナッツクッキー。
インゲンマメを料理したり、トウモロコシの粉のお粥を作ったり、
半ば実験教室のようだけど、自家製ワインを作ったり。
仲良しのマダムのお家に遊びに行ったり。
髪を編んだり。

仕事を始めたころ、母に言われた一言。

「自分はすごいと思ってるんでしょ。あやちゃんは偉いもんね」

確かに、私はすごいラッキーで、いろんなところでチャンスに恵まれてきた。
日本にいたときは、「何でもできる」なんて、勝手に思っていた。

でも本当は、「自分」はホントに何も出来ない。

何にも知らない。

無知を知ること。無力さを知ること。

今まで以上に、ベレバにきて自分の小ささを感じる。
悔しいくらいに、何も出来ない自分がいる。

何も出来なくても、どんなにうまくいかなくても、
残された期間は5ヶ月と2日。
時間は待ってくれない。

最近、村の人にも「帰る日」を心配される。

「あやのが帰る日は、悲しい日ね」
「また帰って来れるんだよね?」
「絶対、泣いちゃうな」

今度、日本へ発ったら、もういつ戻ってこれるかなんて、分からない。
私の大好きな人たちにいつ会えるかも、分からない。

だから、無力な私にもできる小さなことを、
少しでも多くできるように。
たくさんの人に感謝しながら、毎日を過ごそう。
posted by trekko-ayano at 07:44| Comment(4) | La vie a Bereba | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月11日

尊いもの

PC251039.jpg

ベレバにも、産婦人科がある。
まだまだ自宅出産も多いけど、最近はちゃんと産婦人科で産む人が増えてきている。

ただし

最新器具が揃っている訳ではない。
帝王切開はベレバではできないから(診療所にも手術室なんてないから…)
妊娠しても、エコーで診断なんてない。
だから、生まれてくるまで性別は分からない。

我が家の裏のお隣さんには、子どもが7人。
そして、お母さんは8人目をお腹に宿していた。
毎日遊びに来る隣の家の子。
だけど、その日は目が腫れていた。

どうしたのかと思ったら、
赤ちゃんが死産だったそう。

へその緒が首に絡まって、出産のときに死んでしまったらしい。

市役所の同僚も、3人子どもを出産しているけれども、
まだ1度もエコーを取ったことがないらしい。
お産婆さんが、赤ちゃんの心音を聞くことが、ベレバでできる診断らしい。
(それ以外にもいろいろあるようだけど、細かいことは…)

帝王切開なら助かるかもしれない小さな命も、

ベレバでは助けられない。

街の病院で手術をするには、多額の金額がかかるし、
「お腹を切る」なんて、信じられない人もまだ多い。

日本だったら助かる命も、
ベレバでは花が散るように、散っていく。

小さな命を左右する、大すぎる運命。

新しい命が生まれたり、命が消えたりする。
命に重さの違いなんて、ない。
だけど、命を授かった場所で、その命が大きく左右される。

P1081194.jpg

私をとり囲む子どもたちが、こうして元気に育っているだけでも、
奇跡に近いことなのかもしれない。

IMGP0639.jpg

みんな、健やかに育ってほしい。
posted by trekko-ayano at 07:21| Comment(1) | La vie a Bereba | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月10日

大きな月

今日は満月…??
地平線に沈む太陽が空を真っ赤に染めるころ、
西の空から大きな大きな、真っ赤な月が昇ってきた。

高い建物なんてないベレバ。
木々の向こうの地平線までずっと見渡せる。
空がこんなにも高くて、広いことに改めて気が付いた今日。

土日は相変わらず、託児所の我が家。
朝から晩まで子どもでごった返す。
ついでに同僚の子ども(生後3ヶ月)まで、お母さんが水浴びしてるあいだ預かる。
何だかいろんなものを通り越して、お母さん修行中。

いたずらするこや、喧嘩する子どももいる。
そんな子どもには容赦なく「拳骨」もしくは「コメカミぐりぐり」もしくは「逆さ刷り」

そんな私の子どもの叱り方。
ブルキナベに言わせると、足りないらしい。

子どもを叱るときは、素手だと痛いから木の枝か鞭で、足を叩く。
お尻だと洋服があるから痛くない…らしい。
そしてビエンビエン泣くまで叱る。

そこまでしないと、子どもは分からないわよ。
というアドバイス。

確かに…もう手に負えないときもある。
こっちが泣きそうになるようなこともある。
でも、子どもを叱るときは、私の手も痛い思いをしないと…何となくそう思う。

小さなころは、よく嘘をついてお母さんにビンタされたし、
私がまだ小学生のころは、今と違って、容赦なく先生の拳骨やビンタが飛んだ。
私も悪いことをすると、ビンタされて泣いたりした。
そんな中、1人の先生は靴や物で殴った。
やっぱり「手が痛いから」って。

子どもを叱るときは、手も心もとっても痛い。
でも信じる。
子どもを叱る私の心も痛いんだと伝わることを。

子ども相手に本気になってしまう私。
でも、やっぱり悪いことしている子どもは見逃したくない。
小さな泥棒や、小さな嘘の積み重ねは、きっと良くない。

「叱る」こと。

本当に難しい。

こういう時、大人ってどうしたらいいんだろう…

posted by trekko-ayano at 07:16| Comment(1) | La vie a Bereba | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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