2011年03月08日

週末ちょい旅行。

西の方では、マンゴー雨が降っているけど、
ただただ暑く、乾燥しているベレバ。

アスファルトじゃない道路は、もはや砂場。
砂利と砂とで、自転車のタイヤが埋まるし滑る。

そんないつもの道を出勤した朝。


ずるっ
ズテーン

また派手に転んでしまった・・・

膝と手からダラダラ流血。
とりあえず、一段家へ逆戻り。

「自転車でこけた〜」

市役所に行ったはずの私が血を流して帰ってきたから、
近所のみんなが、私の傷の手当を手伝ってくれた。

傷口を石鹸でゴシゴシ→「痛いぃぃぃ」
消毒液でゴシゴシ→「ひぃぃぃ」
イソジン色の消毒液で仕上げ→「・・・(悶絶)」

みんなが心配そうに見守る中、ガーゼを貼ったお膝と共に再度出勤。

日本では一応、自転車部だった私。
初めて自転車をこいだときも、たぶん50キロはこいだんじゃないかな?

嘗めていました、ブルキナを。
忘れてました、日本じゃないことを。

ブルキナの暑さと
アスファルトじゃない道路と
壊れかけのママチャリを。

先週の土曜日、ベレバにも遊びに来てくれた先輩がもうすぐ日本に経つのと、ウンデに新しい隊員が到着したので、一緒にご飯を食べに、25キロの道を自転車で行ってみました。

約2時間半。

IMGP2779.jpg

途中の民家に水を分けてもらい、
木陰で何度も休憩し、
クッタクタになりながら、ウンデへ到着。

冷たい水と冷たいコーラをがぶ飲み。

そして、その夕方、1984年生まれの隊員でご飯を食べようと第2の都市ボボへ。
肉じゃがに、お好み焼きに、豚さんの煮物に、サラダに・・・
久々に食べた日本のご飯。(自分じゃ料理しないのがバレバレ 汗)

IMGP2783.jpg

ちょー豪邸のボボ宅。(安全上の理由から、都市部の隊員の家は豪邸が多い)
家に居座る子どものいない、白いタイルの床がものすごく綺麗な家。
夜、停電になってしまったけど、私にとってはそれが日常。

懐中電灯片手にごはん。
懐中電灯片手に洗い物。

いつものこと。

水道から水が出るシンクでお皿洗いができるだけで、むしろワクワク。

先輩曰く、

「あやのちゃん家は下の下」

確かにそうだろう。
でも、完全にオープンな我が家。
もう隠し事は一切ない。

ベレバに住むブルキナベにとっては宝物の宝庫の我が家。
壊れた懐中電灯だろうと、私の持ち物で子どもが持ち出したものは必ず返ってくる、もしくは大人が貰っていいものか確認しにくる。

ブルキナベを信用し、
ブルキナベに助けられ、
ブルキナベに守られ、

下の下の村生活を堪能している私。

日本人にとっては「下の下」だけど、ここベレバでは「上の上」。
苦労は少なくないけど、一生に一度であろうこの強烈な体験。

最初は、他の都市部の隊員の家に行くたびに受けていたショック。
なんでこんな苦労してるんだ、私?と何度も疑問に思った。
でも、こんな経験、ブルキナに90人以上いる隊員の中でも一握りの隊員しかできないでしょ?!

いいのいいの。

与えられた環境の中で、最善を尽くし、最高に楽しめば
私が帰ってくるだけで、嬉しくて踊っちゃう子どもたちに囲まれてるんだから。
(って、私が留守にしたのは土曜日1日だけですけど・・・)


IMGP2781.jpg

「いい経験してるよっ」と言ってくれた先輩隊員ミカさん。
もうすぐ帰ってしまうのがとっても寂しい。
でも私は、あと1年半ちょい。この強烈な村生活を堪能してから帰ります◎
posted by trekko-ayano at 01:29| Comment(3) | La vie a Bereba | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月03日

母の偉大さ

昼休みと夜と・・・相変わらず我が家は動物・・・いや、幼稚園。
毎日20人近くもの子ども達に囲まれております。

今日の夜は、カンフーパンダ。
小さなパソコンの前に大きな茣蓙をひき、
みんなで鑑賞。

その間、私は別の仕事を・・・
と思っていたら泣き声。

どーしたの?と思ってリビングを見ると、泣き叫ぶ市長の娘。
眠くてぐずってるのか、お腹がすいてぐずってるのか・・・わからん。
抱っこして家につれて帰ろうとすると、私の腕の中で大暴れ。

「ママーっ」

そっか。ママか。
と、市長の奥さんに電話。

残念、通じず・・・

市長の奥さん宅に、ママを呼びに。

しかし

「ニュース、見終わったら行くわ」

仕方ないので、家に帰ってそのままその子に伝える。
泣きながら、ぐずりながら、テクテク家まで歩いてそのままママの膝に直行。

やっぱりお母さんは特別。
一度ぐずったら、もう私の手には負えない・・・
今日ぐずった彼女だけでなく、ベレバの子ども全員。

日に日に、少しずつ、自分がお母さんになれる自信がなくなる今日この頃。
posted by trekko-ayano at 06:58| Comment(4) | La vie a Bereba | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月02日

今更ながらの疑問

もう1週間も経ってしまったけど、2月24日はおじちゃんの命日。
おじちゃんと言っても、私の祖父。
まだ私が生まれた頃、そんなに年老いていなかった祖父母はおじいちゃん、おばあちゃんと呼ばれるのを嫌がり、それ以降ずっとおじちゃん、おばちゃんと呼んできた。

その祖父は建具屋さん。
牛久の家のドアや障子はすべて祖父のお手製。
築何年建っても、まだ全然きれいだし、ゆがんでもいないし、本当にきれいに拵えてある。

そんなことをふと思い出した瞬間に浮かんだ疑問。


何でジャパンクオリティーとブルキナクオリティーはこんなに違うんだ?!


確かに、「道具がいい」というのもあるだろうけど、
どんなに大昔に建立されたお寺さんだって、神社だって、
岩崎弥太郎の家だって、もうちょっときれいに作ってあったんじゃなかろうか・・・と。

女の子の一人暮らしを気をつかってか、水浴び場に無理やり付けてくれたドア。
表面はガサガサ、ペンキもニスも何も塗ってない、そのまんまの木のベニヤ板。

市長の奥さんのお家から借りている机。
もちろん表面はガサガサ。そして、付いている脚は斜め。
上の板も平らじゃなく、完全に歪んでいるので、パソコンさえ安定して置けない。

サソリを恐れて作ったベット。
蚊帳をつるために付けてもらった棒は若干取れかかり、ベットの脚も斜め。
このまま太り続けたら、私の体重に耐えられないんじゃないか?このベット。

おじちゃんが、うちの建具を作ったのは、もう30年近く前の話。
しかし、このクオリティーの違い。

もともと、武士の刀のようなものを作れる鍛冶屋さんがいたから、きっと建具道具もいいものができたんだろうけど、武士がいたような時代、きっと日本にも大したものはなかったであろうに。



日本もブルキナも「資源が何もない」という点では似ている。

一方は、世界のトップを争う先進国に。
一方は、アフリカの中でも最貧国と言われる途上国。

何で、日本はこんなに発展したんだ??

「日本人は良く働くから」
「経済発展するタイミングが良かったから」

日本の発展の裏には、生改さんたちの働きもあったって言うけど、
果たしてそれだけなのだろうか・・・

せっかくだから、発展して欲しい。
発展の良し悪しは別としても、経済的にも、生活水準も、少しでも向上して欲しい。

アジアとアフリカ。
気候も文化も言葉も人種も・・・違うことはたくさんあるけど、同じ人間の暮らす場所。
なのにどうしてこうも違うんだ?!

posted by trekko-ayano at 01:33| Comment(1) | La vie en Afrique | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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